医療に絶対はないとは言いつつも、飼い主様にとっては絶対であり続けないといけないもの。 特に避妊手術のような一般的な手術で間違いは起こしてほしくないもの。 ただ、避妊手術も人がやることなので、悲しいことに術者の手技が問題で取り返しのつかない状態になる可能性は「0」ではありません。 今回はあくまでも私たちは経験したことはないのですが、こういったことが報告されていますという例をお話したいと思います。
脾臓という臓器は通常は胃のヘリに沿っており、若い犬の場合はあまり目立つ臓器ではありません。 しかし、ある程度年齢が経ったり、ミニチュアダックスなどの特定の犬種は自然に脾臓が大きくなります。 こういった動物に麻酔をかけると、血液の一部が脾臓に溜まりやすくなるので、普段よりもかなり大きくなり、場合によっては腹筋、腹膜の直下まで大きくなることもあります。 手術中に開腹をする際には腹膜を切開するのですが、通常であればメスを入れる位置からかなり離れている脾臓が、上記の条件が整うとメスによって傷づくこともあります。 脾臓は血管が豊富な臓器で、ちょっとの傷でもかなりの出血が見られる臓器です。 またもともと柔らかいため、縫合糸で結紮したり、電気メスなどで焼烙してもなかなか出血が止まりません。 最終的には脾臓を摘出せざる得なかったという話も以前聞いたことがあります。 開腹の際に気を付けていれば避けられる問題なのでちょっとした油断が引き起こすのだと思います。
避妊手術はできるだけ小さな切開線から、釣りだし鈎と呼ばれる器具で盲目的に子宮をお腹の中から吊り上げてきます。 この時あまり熟練した術者でない場合、釣りだした感覚がわからず、子宮の近くで走行している尿道を吊り上げる、もしくは損傷させることがあります。 通常の手技ではまずありえないのですが、慣れていない術者が監視者がない状態で、あまりにも必死になって子宮を釣りだそうと苦戦している時に、偶然に起こる事故だと思います。 特に小型犬の場合は、損傷した尿道を整復するのは不可能に近いため、このような事故が起こるとほぼ予後不良となります。
犬の卵巣は脂肪に覆われていることも多く、また肥満や発達途中の犬では卵巣が靭帯と強固にくっついているため、卵巣より下の組織を十分に確認できずに、卵巣を取り残してしまうことがあります。 大抵は避妊後も発情があることで気づくのですが、場合によっては飼い主様がそういう兆候に気づかず、高齢になった時に子宮断端腫になる可能性があります。 子宮断端腫とは、子宮を切除したのにもかかわらず、卵巣が残っているために、避妊手術後に子宮が退縮せず、子宮蓄膿症と同様の症状を引き起こす疾患です。 こちらも、手術中にしっかりと確認すれば起こりえないヒューマンエラーです。
これが一番頻発するケースだと思います。 大型犬などの胸が深い動物は出血が起こったとしても体の奥に血液が溜まるため、術中に出血があることがぱっと見て気づけないことがあります。 また、麻酔中には血圧が下がっているために出血が目立たず、閉腹して覚醒後に大出血を起こすケースもあります。 閉腹する際によく確認すればわからないことは決してないですし、術後の管理をしっかりとしていれば、すぐに異変には気づけるはずです。 この手の失策は、こんなミスありえないだろうという人間側の怠慢によるところも多く、当の犬には多大な負担を強いてしまう不幸なケースとなります。
こういった手技による失策はどんな術者でも可能性は「0」ではありません。 ただ実際に起こった経験が「0」である獣医師がほとんどです。 これは常に「0」にする努力を怠っていないからだと言えます。 もちろん怠慢に手術に臨む獣医師はいないとは思いますが、その担当獣医師の人柄なども一つの病院選びの条件になるとは思いますので、信頼できる獣医師に手術は任せたいものです。